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札幌高等裁判所 平成5年(う)74号 判決 1993年10月26日

主文

本件控訴を棄却する。

当審における未決勾留日数中一五〇日を原判決の刑に算入する。

理由

一  本件控訴の趣意は、弁護人田村智幸提出の控訴趣意書(なお、当審公判における同弁護人の釈明参照)に、これに対する答弁は、検察官小谷文夫提出の答弁書に各記載のとおりであるから、これらを引用する。

二  控訴趣意中、事実誤認の主張について

論旨は、要するに、原判決は、原判示第一の二の事実において、被告人が確定的故意をもってBを殺害した旨認定しているが、被告人の右Bに対する殺意は不確定なものにすぎず、右のような確定的故意はなかったのであるから、原判決の右認定には判決に影響を及ぼすことが明らかな事実の誤認がある、というのである。

そこで記録及び証拠物を調査し、当審における事実取調べの結果をも参酌して検討すると、原審で取り調べた関係各証拠によれば、所論の確定的殺意を含め、原判示第一の二の事実を優に肯認することができる。右事実に関し、被告人の原審及び当審における各供述中殺意を否認する部分並びに捜査段階における供述中いわゆる未必的な殺意によるかのように述べる部分は、関係各証拠によって認められる後記の各事実に照らすといずれも採用することができず、他にこの認定を左右するに足りる証拠はない。

すなわち、原審で取り調べた関係各証拠によれば、以下の各事実を認めることができる。

1  被告人は、暴力団甲会乙組組長であったものであるが、甲会内(その前身である原判示の「甲連合」のころを含む。)で、同会総長Cと同人に次ぐ実力者である同会相談役・丙組組長Aとの間で確執が続いた経緯・状況、被告人の同会内における立場等は、原判決が「量刑事情」欄の一の1から6までに認定するとおりであった。このような諸事情を背景に、C側に立つ被告人は、Aが甲会幹部の定例会に出席する機会をとらえ、けん銃で襲って同人を殺害しようと決意し、まず原判示第一の一、二の各犯行前、けん銃二丁と実包十数発を入手し、これに手持ちの実包八、九発を加えて用意した。右けん銃二丁は、スミスウェッスン社製一丁(原裁判所平成四年押第三五号の符合1)とメーカー不詳の一丁とから成るが、いずれも回転弾倉式の真正けん銃であり、前者は実包六発の装てんが、後者は実包五発の装てんがそれぞれ可能であって、いずれも人を殺傷するに足りる能力があったところ、前者は、鑑定(威力検査)結果によると、銃口の前方1.5メートルの位置に四センチメートル間隔で固定した厚さ1.5センチメートルの積層合板三枚を貫通するというもので、強度の殺傷能力が認められた。

2  被告人は、平成三年九月一〇日午前、前記のけん銃二丁(各実包装てん)を左右の脇腹に一丁ずつ差し込み、その上にダブルの背広を着用して(なお、背広のポケット内に更に実包一二発を入れた。)旭川市<番地略>所在の甲会事務所に赴いた。そして、同日午前一一時四〇分ころ、総長のCを始めとし、被告人やAを含む甲会幹部約四〇名が同事務所の二階に準備された定例会の会場に着席して、定例会が開始したところ、被告人は、全員によるX組の綱領宣言(復唱)が始まると、右脇腹に差し込んでいたメーカー不詳のけん銃をそっと抜き取り、立ち上がりざま左斜め前方のA(なお、同人も被告人による攻撃の気配を察知して立ち上がった。)に対し、右けん銃を左手に構えて弾丸数発を連続的に発射し、そのうちの一発が同人の左手首付近に命中・貫通し、一発が同人の左脇腹付近に命中した。次いで被告人は、Aが、右のように被弾しながらも、引き続いての攻撃を逃れるため、二階の窓から同建物脇の路地に飛び降りたのを認めると、右窓から路地のAに向けて、更に右けん銃で弾丸数発を発射し、そのうちの一発が同人の右手首付近に命中・貫通した(なお、同人は、以上の被弾により、約二か月間の入院加療を要する左肺銃創、左外傷性血胸、両前腕銃創等の傷害を負ったが、弾丸がいずれも急所を外れていたため、一命を取りとめた。)。そしてAは、このように受傷しながらも、配下の者の助けを得て、路地から表通りへと逃れ、付近の専門学校内に隠れた。一方、被告人は、Aをその場で殺害することに失敗したところ、何としてもこの機会に同人を確実に殺害しなければならないと考え、同人の逃れた表通りに出てこれを追跡しようと、一階へ降りる階段へと向かった。

3  そして被告人が、左右の手に各けん銃を持ち、階段の降り口の二階踊り場に来ると、銃声を聞いていち早く上がって来た甲会丁会若頭Eが被告人の後方に回り込み、けん銃を持っている被告人の両手を押さえ込んだ。また、Aの付人として同人に同行し階下で待機していた丙組舎弟F及び同組若頭B(当時三九歳・原判示第一の二の被害者)も、二階での銃声を聞いて幅約九一センチメートルという狭い右階段を駆け上がって来たが、Fは、階段中間部にある折り返し部分(ら旋状に曲がっている箇所)付近で、甲会戊組組長Gにより階段の被告人からみて右側の壁際に押さえ付けられて止められた。被告人は、このような状況下で、自己の手を押さえ込んでいるEの手を振りほどこうとして、同人ともみ合い同人の手が緩んだ瞬間、右手に持ったスミスウェッスン社製けん銃から弾丸一発が発射され(ただし、この発射については、被告人が意図的にしたものとまでは断定できない。)、Eの手が離れた後、右のように壁際に押さえ付けられているFの脇から、右銃声にもおくすることなく階段を上がって来ようとするBを認めると、同人に向けて、二階踊り場から右けん銃で約1.5メートルという至近距離から弾丸四発を連続的に発射し、そのうち一発が同人の左腰部に命中・貫通し、一発が同人の左頭頂部に命中して、同人は崩れ落ち階下に転落した。なお、右の左頭頂部から射入した弾丸は、大脳、小脳、延髄を貫通した上、頭蓋底の大後頭孔から頸部に入り、右胸鎖乳突筋内に達するもので、Bはこれにより即死した。

4  そして被告人は、Bが転落すると直ちに階段を降り、倒れている同人の傍らを通って、表へ飛び出した上、Aが乗って来た白色のベンツが発進し進行するのを認めると(なお、Aの運転手・Hは、銃声を聞くなどしたことから、Aの身に何か起こったと感じ、同人を乗せないで発進・進行した。)、右車両に向けて弾丸一発を発射し、更に進行して来た戊組組員の運転する車両を止め、これに乗車して前記のベンツを追い掛けさせたが、途中でAが乗っていないことに気付き、同人を捜すため丙組事務所付近へ赴いたが、同人の戻った気配がないことから、同人が甲会事務所付近にいるものと考え、同事務所付近に戻ったが、既に警察官らが緊急配備していたことから、その場付近から逃走した。なお、被告人は、その後所在をくらましていたが、平成四年八月一八日札幌市内に隠れて住んでいるところを発見され、前記のAに対する殺人未遂、Bに対する殺人とその際におけるけん銃・実包の所持の各事実により通常逮捕され、次いで、その直後原判示第二の事実(けん銃・実包の所持)でも現行犯人として逮捕された。

以上の各事実を認めることができ、他に以上の認定を左右するに足りる証拠はない。

以上認定の各事実に更に関係各証拠を加えて考察すると、被告人は、原判示第一の二の犯行時、二階踊り場において、逃げたAに直ちに追い付き、何としても同人を確実に殺害しようとの気持ちにかられていたものであり、このためには自己の進路を妨害などする者を速やかに排除しなければならないという心理状態にあり、かつ、興奮した心理状態にもあったところ、Aの付人である丙組若頭Bが、これから被告人が降りて行こうとする狭い階段を下から二階に向かい、前記のとおりGにより階段の壁際に押さえ付けられているFの脇を駆け上がって来ようとする状況、すなわち、そのまま推移すれば、Bが被告人と相対して被告人に対し制止、妨害等の行為に出ることが確実視される状況を認めたこと、そうして被告人は、二階踊り場から、その下方から階段を駆け上がって来ようとするBに向け、約1.5メートルという至近距離から、強度の殺傷能力のあるスミスウェッスン社製けん銃で弾丸四発を連続的に発射した(なお、その際の被告人とBとの位置関係、各弾丸の弾道、Bの受傷部位・状況等に照らすと、被告人は、右四発の弾丸を、二階踊り場から下方に向け、しかも、おおむねBの上半身付近を狙う態様で発射したものと推認することができる。)ところ、この被告人のけん銃による一連の攻撃は、いずれもBの頭部等の身体枢要部に命中する蓋然性の極めて高い行為であり、もとより弾丸が身体枢要部に命中するときは確実に人を殺害するに足りるものであって、現にこのうち二発が命中し、とりわけ、うち一発はBの左頭頂部に命中して同人を即死させていること、その他、被告人が、原判示第一の一のAに対する犯行の直後、同人を追跡しようとする過程で同第一の二のBに対する犯行に及び、そして、右Bに対する犯行直後、被弾した同人が階下に転落したのを認めながら、これを意に介さずに表に飛び出し、更に走行する車両に向け発砲するなどしており、かように被告人が右Bに対する犯行の前後を通じて極めて強い攻撃的行為を連続的に敢行していること等に照らすと、被告人は、原判示第一の二の犯行時、階段を駆け上がって来ようとするBを認めると、とっさにAを追跡して殺害するためには右Bを殺害して排除するよりほかないものと考え、そうして、強度の殺傷能力のあるけん銃で至近距離から四発もの弾丸を同人の身体枢要部に向けて発射するときは、これにより同人死亡という結果が発生することを確定的に認識しながら、同判示の行為に及んだものと認めるに十分である。被告人の原審及び当審における各供述中殺意を否認する部分並びに捜査段階における供述中いわゆる未必的な殺意によるかのように述べる部分(乙14号証)は、前認定にかかる凶器の殺傷能力、右犯行の態様、被害者の受傷の状況・結果、右犯行前後の被告人の行動、更に捜査段階における右供述はそれが事件後一年近く経過した後のものであること等の諸点に照らすと、いずれも採用することができない。

そうすると、原判決が原判示第一の二のBに対する犯行が被告人の確定的殺意によるものである旨認定したのは、正当であり(なお、原判決の「補足説明」欄中における、「Bを死亡させても構わないとの強い意思を有していた」(七丁裏)との説示部分は、その前後を含め同欄の全体の趣旨及び「犯罪事実」欄の第一の二において、「行く手をさえぎっている右Bを殺害して排除するほかないと考え」(三丁表)と認定・判示していること等に照らすと、被告人がBの死亡について確定的な認容があったことを説示する趣旨に出たものとうかがうことができ、原判決が、その全体を通じ確定的殺意を認定・判示していることは明らかである。)、この認定に事実の誤認は認められない。論旨は理由がない。

三  控訴趣意中、量刑不当の主張について

論旨は、要するに、被告人を懲役一七年に処した原判決の量刑が重過ぎて不当である、というのである。

1  所論は、量刑不当の一事情として、原判示第一の一のAに対する殺人(未遂)は、被告人が、単独で考え実行したものではなく、当時所属していた甲会の総長Cの命令のもとに、同会のDからけん銃の調達を受けて実行に及んだものであるところ、原判決は、このC及びDの関与という事実を過小評価している旨主張するので、まず、この点について判断する。

記録によれば、原審検察官が、原判示第一の一につき、被告人単独の犯行として起訴し、これに対し被告人及び弁護人が、原審の審理で、被告人単独の犯行ではなく、右所論のとおりの態様でC及びDらが右犯行に関与していた旨主張して争ったこと、そして原判決が、右争点に関し、「量刑事情」欄中で、「判示第一の一の犯行は、Cからの殺害命令を受け、Dの助力を得て敢行したという被告人供述は、それなりに首肯でき、その信用性は高いというべきである。しかしながら、被告人供述の信用性を十分担保するに足りる物的・客観的証拠が未だ提出されておらず、CとDの関与を否定する前記各証拠も完全に排斥することができない本件においては、被告人供述のみから、被告人が判示第一の一の犯行についてCの殺害命令に基づき、Dの助力の下にこれを行ったものであると認定するまでには至らなかったものである。もっとも、C及びDが判示第一の一の犯行に関与していたとの疑いを払拭することができない以上、かかる被告人の刑責の範囲に直接影響を及ぼす量刑に関する事実については、検察官が立証責任を負担していることに鑑み、量刑事情において被告人のために有利にしんしゃくするのが相当である」旨判断したこと等の経緯が明らかである。そうして原審で取り調べた関係各証拠によれば、原判示第一の一の犯行は、被告人がその実行行為のすべてをしたことは明らかであるところ、右関係各証拠及びこれらによって認められる状況等に照らすと、断定はできないけれども、確かにCらが所論主張のような態様で関与しているとみる余地があると判断することができ、原判決のその理由中の説示には一部首肯し難い点もあるが、右と同旨の原判決の前記結論は是認することができる。換言すると、検察官主張にかかる被告人単独の犯行を内容とする起訴事実は、いわゆる合理的な疑いが残るものであり、したがって、ことを被告人の利益に判定し、本件では所論主張のような態様でのCらの犯行関与があった、したがって、これによれば、被告人とCらとの間に事前の謀議があり、被告人はこの謀議(共謀)に基づき犯行をした(ただし、関係各証拠に照らし、被告人は、自らの意思・判断でCの指示に従う決意をしたものと認められる。)ものと認定すべきである。当裁判所の論旨に対する後記の判断は、この見地に立つものであるが、この見地においても、原判決の量刑は、後記するとおり、結局、是認し得るものであるから、前記の主張は採用することができない。

なお、付言すると、共犯者の有無は、単に量刑事情にとどまらず、罪となるべき事実の認定や刑法六〇条の適用にも係る事項であるから、原判決が、その「犯罪事実」欄や「法令の適用」欄で、これらの認定・処理をしていない点をどのように判断すべきかの問題があるが、本件では、被告人が原判示第一の一の実行行為のすべてをしたことは明らかであるから、右の点は、被告人が単独でしたか他の者と共謀をしていたかの違いにすぎない(なお所論も、本件で原判決が「犯罪事実」欄で共犯認定をしなかったことは理解できるとした上で、Cらの関与を量刑事情として考慮すべきことを主張するにとどまっている。)こと、そうして、Cらが所論のように関与していたとして被告人の量刑を判断しても、後記のとおり、原判決の量刑は是認し得るものであること等に照らすと、原判決が、その「犯罪事実」欄や「法令の適用」欄で共犯の認定・処理をしていない点をかしとみても、それらは判決に影響を及ぼすことが明らかな場合であるとはいえない。

2  そこで記録及び証拠物を調査し、当審における事実取調べの結果をも参酌して、諸般の情状を検討すると、本件は、前説示のとおりの殺人未遂、殺人(原判示第一の一、二)と被告人の逮捕時におけるけん銃一丁と実包一二発の所持(原判示第二)とから成る事案であるが、以下のとおり、犯情が甚だ芳しくない。

すなわち、被告人は、前説示のとおり、当時自己が所属していた甲会内部における幹部間の確執に絡み、その一方の当事者であるAの殺害を決意し、けん銃二丁と相当数の実包を用意した上、白昼、旭川市の中心部にある甲会事務所で、右けん銃等を用いて、Aに対する殺人未遂及び同人の配下・Bの殺害という各犯行に及んだもので、このうちAに対する犯行は、あらかじめ準備し計画していたところに従い、そして強固な殺人遂行の意思に裏付けられた行為であり、また、Bに対する犯行は、当初の計画にはなかったが、けん銃で至近距離から同人の身体枢要部に向け四発もの弾丸を発射するというものであり、いずれもその犯行の態様が大胆かつ危険である。これらを遂行した被告人の非情な性格は量刑上看過し難いものがある。その結果、Aは重傷を負い、Bは即死しているのであって、もとより結果も重大である。Bには妻と幼い子供らがおり、その犯行がこれら遺族に及ぼした影響も甚大であり、また、本件が地域住民に与えた恐怖感なども大きかったと認められる。更にけん銃一丁と実包一二発の所持(原判示第二)は、殺傷能力のあるけん銃等を所持して逃亡生活をした挙げ句、発覚したものであって、その動機、態様に酌量に値する点がない。その他、被告人は、長年暴力団組織に身を置いていたもので、原判決の「累犯前科」欄記載のとおり、昭和五四年一二月、覚せい剤取締法違反罪で懲役九年に処せられ、昭和六三年九月その刑の執行を終わった累犯前科があるほか、昭和三八年九月から昭和五二年一二月までの間に、粗暴事犯や覚せい剤事犯等により六回懲役刑(うち一回は刑執行猶予が取り消されたもの。)に処せられていること等を併せ考慮すると、本件は犯情が甚だ芳しくなく、被告人の刑責は重大といわなければならない。

そうすると、原判示第一の一の犯行は、前説示のとおり、C、Dらが所論の態様で関与していたと認むべきものであり、したがって、右犯行については被告人にその責任のすべてを負わせることができないこと、右犯行が幸い未遂に終わっていること、原判示第一の二の犯行は、被告人のその場におけるとっさの決意に基づくものであり、計画性が認められないこと、原判示第二の犯行は自らがそのけん銃の所在を明らかにしたこと、被告人が本件各犯行を反省し、今後暴力団との関係を断つことを誓っていること、原判決後、被告人の妻が、被告人に代わってBの遺族に謝罪し、二回にわたり各三万円を支払ったほか、今後も毎月右と同程度の金員を支払う意向であることや被告人の出所を待ち続けることを当審で証言していること等、被告人のため酌むべき諸事情を十分考慮しても、被告人を懲役一七年に処した原判決の量刑はまことにやむを得ず、これが重過ぎて不当であるとはいえない。論旨は理由がない。

四  よって、刑訴法三九六条により本件控訴を棄却し、当審未決勾留日数の算入につき刑法二一条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官鈴木之夫 裁判官宮森輝雄 裁判官木口信之)

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